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セブ出身の第4代大統領は50ペソ紙幣になっています

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オスメニア・ファミリーはセブ出身の有名政治家ファミリーです

 9月9日(水曜日)はオスメニア・デーでした。セブ出身の政治家で、第4代フィリピン大統領だったセルジオ・オスメニア(Sergio Osmena y Suico:1878年9月9日~1961年10月19日)の生誕を祝うセブ州の祝日です(他の地域は祝日ではありません)。

 セブ市内の観光ポイントの1つに「パリアン広場」というところがあり、そこには「ヘリテージ・オブ・セブ」というセブ島の数百年の歴史が銅像として表現されている記念碑が建てられています。周囲が着色されてひときわ目立っている銅像がセルジオ・オスメニアです。またセブ州庁舎にも彼の銅像があります。

 またセブには、彼の名を冠した場所がいくつかあり、セブ島とマクタンとに係る2つの橋のうちのひとつであるオールドブリッジ(Sergio Osmena Bridge)や州庁舎付近の大通り(Osmena Boulevard)、噴水のあるフェンテ(Fuente Osmena、Osumena Circle)などがその例です。

 セブに影響を与えた政治家の1人として有名で、現在もセブ出身の有名政治家ファミリーとして、オスメニア・ファミリーは国会議員や市長を輩出しています。2016年~2019年にセブ市長を務めたトーマス・オスメニア(Tomas Osmena)はセルジオ・オスメニアの孫にあたります。

第4代大統領のセルジオ・オスメニアとは

 セルヒオ・オスメニャは、1878年にセブで生まれました。当時すでにオスメニア一族はセブでは有名な中国系フィリピン人の裕福な家庭でした。マニラの大学で学び、後に第2代大統領になったマニュエル・ケソンとは同級生でした。また、後に初代大統領となったエミリオ・アギナルドの下では革命軍スタッフのジャーナリストとして仕えています。1900年にセブの新聞、El Nuevo Día(エル・ヌエボ・ディア:新時代)を創刊し、平和的手段での独立運動を推進、1903年には司法試験を次席で合格しました。

 1904年にセブ州知事に就任。1907年の第1回総選挙で国民議会議員に当選。1922年に上院議員に選出されました。 そして1935年の大統領選挙に同級生のケソンが出馬、オスメニアはケソンと協力して戦い、初代大統領だったアギナルドを破って勝利。ケソンの下で初代副大統領に就任しました。

 1944年8月にアメリカでケソンが病没した事により亡命政府(この時は日本の占領下)の大統領に昇格します。1944年10月23日、ダグラス・マッカーサーとともにレイテ島のレイテ湾に帰還してタクロバンで政府の復活を宣言し、1945年2月27日マニラに帰還し、様々な行政機関を復興させています。

 そして、1946年の戦後初の大統領選に出馬しましたが、マニュエル・ロハスに僅差で敗れ(ロハス53.94%、オスメニア45.71%)、政界を引退し、1961年10月19日マニラのケソンシティの病院で83歳で亡くなりました。現在の50ペソ紙幣は彼の肖像画です。

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